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2014年3月26日水曜日

Ambasha; African "celebration" bread from Africa

Learning from people in Ethiopia.

Ambasha is still made by ancient traditional way.
This bread used various grains and spices cultivated by fertile varieties of lands and climate. This bread is made for celebrations such as new year party and wedding ceremony. In the Western region, people make this bread without using grains and yeast.
In traditional receipt, colarima from Ethiopia is used, but it is possible to substitute with cardamom since colarima is difficult to obtain out of Ethiopia.
(This recipe is available in the book, “The Legend of Ethiopian Coffee”.)

Ambasha; African "celebration" bread from Africa

By Africa-Rikai project
   

2014年3月21日金曜日

Dabocolo; Traditional snack from Ethiopia.

Learning from people in Ethiopia.

Dabocolo is essential snack with coffee ceremony. “Dabo” means bread, and “Colo” means grain (beans) in Amharic. Shape of Dabokolo expresses the grain. People are still making by themselves in the regional areas. Dabokolo called as farewell snack, since families often give their members whose leaving their home, to cheer up the members go to new place.
(This recipe is available in the book, “The Legend of Ethiopian Coffee”.)

Dabocolo; Traditional snack from Ethiopia.

By Africa-Rikai project
 

2014年2月26日水曜日

How to wear Gabi, which is Ethiopian traditional blanket.

Establish two short films, how wear Gabi which is a hand-woven, hand-spun thick cotton. In Ethiopia Gabi is mainly used by men. Men wear Gabi in everyday life and ceremonial occasions.

Gabi, the traditional blanket(warp) of Ethiopia - When you are going out -

Gabi, the traditional blanket(warp) of Ethiopia - For church -

By Africa rikai Project

2014年2月10日月曜日

Ethiopian Coffee Ceremony

One Japanese JICA Expert family is running small NGO(Africa Rikai Project) in Addis Ababa, ETHIOPIA. They established several educational contents about Africa. Specially I support them for making short film contents on YouTube which introduce Ethiopian food and culture.

I would like to introduce recent established film, Ethiopian Coffee Ceremony. Title of the film is;
"This is how we "celebrate" coffee in Ethiopia where coffee's from;
Coffee Ceremony"


Other film contents on Africa-Rikai Project
    

2013年12月31日火曜日

エチオピアとエリトリアの再統合

出勤途中の事務所運転手さん(ド)との世間話シリーズ。
今回は経理担当(経)も含めた3名
お題はタイトルのある
 「エチオピアとエリトリアの再統合」
もちろん、こんな話は現在の所ありません。

エリトリアは1991年に独立を宣言するまでエチオピアの自治州の一つでありました。
その後、エチオピアとエリトリアは国境紛争にてもめて
2000年に至るまで戦争をしてる様な状況にりました。
2008年にUNMEE(United Nations Mission in Ethiopia and Eritre)が撤退してしまいましたが
依然として緊張状態が続いています。

エリトリア国内は食料、燃料、様々な物資が事欠く状態で
私自身がいた2007年〜2008年の間でも様々な物が配給制になっていました。
ガソリン、軽油、灯油、牛乳、・・・。
依然として現地にて国際協力の仕事をなさっている方に現状を聞くと
以前よりも停電は増え、国営航空は飛ばず、脱走者が後を絶たないとの事。

個人的には
 「エチオピアとエリトリア、再び一つにまとまった方がいいのでは?」
と思うのですが、ここエチオピアではどういった意見でしょう?

 私:依然としてエリトリアは大変な状況にあるね。
 ド:奴らは馬鹿さ。エチオピアから独立して行ったんだから。
 私:エリトリアの独立戦争には従軍したの?
 ド:あぁ、高校を卒業した後だったな。
 私:え!どんな所へ行ったの?
 ド:ほら、9月に陽介はTigray州へ行っただろう?
   あの北部の様にあまり雨の降らない林の中さ。
 私:どのくらいの期間、従軍していたの?
 ド:7年くらいかな。
 私:その後、エリトリアは独立して行った訳だ。
   でもさぁ、エリトリアはエチオピア無くしては成り立たない国じゃない?
 ド:奴らはエチオピアの子供みたいな物さ。
 私:もう一度、一つの国になる事って、有り得ない?
 ド:有り得ないね。
 経:そんな事無いよ。その内、両方の政府が仲直りすれば、一つに国にならなくても
   VISAが無くても自由に行き来する事が出来る様になるさ。
 ド:いや、有り得ない。
 私:どうしてそんなにも無いって思う?
   エリトリアが独立して行った理由は、
    ・マッサワ(Massawa)港の使用料について揉めた。
    ・エリトリアが独自通貨を導入した。
    ・エチオピア政府のエリトリア人のエチオピア同化政策
   等があるよね。
 ド:そんなもんじゃない。数えきれないくらいにあるさ。
 経:しかし、エリトリアもエチオピア無くして成り立たないし。
   再統合しても良いんじゃない?
 私:エチオピアとしてもジプチの港を使うよりも
   マッサワ(Massawa)港を使った方が良いんじゃないの?
 ド:確かにかつてはエチオピアはマッサワ港を使っていた。
 私:マッサワ港の方が、ジプチ港よりもAddis Ababaに近いんじゃない?
   それにエリトリア政府は、マッサワ港の改修工事を進めているじゃない。
 ド:Addis Ababaからはマッサワ港も、ジプチ港もそんなに距離の違いは無いんだ。
 経:エリトリアもマッサワ港をエチオピアに使わせてくれれば
   ジプチ港との価格競争が起きて、ジプチ港の使用料が安くなるんじゃない?
 私:あれ、それじゃぁ、依然としてエリトリアの港を使わないじゃん。
 ド:そうさ、エチオピアにとって、エリトリアはどうでもいいのさ。
   向こうから「一緒になりたいです」って言ってくるなら考えてもいいけど。

運転手さんが具体的に教えてくれなかったエリトリア独立戦争へ突入した経緯。
この部分は、現在40〜60歳の世代には、相当根が深く“恨み”として残っている様です。
これと言った資源や、両国にとって大きなメリットが無い限り
再び一緒になる事はなさそうな感じです。
 

2013年12月25日水曜日

倍返しにしてやる!

出勤途中の事務所運転手さん(ド)との世間話シリーズ。
ラジオから流れてきたニュースに耳を傾け、そのニュースの事を教えてくれました。

 ド:陽介、このラジオのニュース面白いぞ。
 私:ほうほう。
 ド:15年間一緒にくらしてきた夫婦がある晩喧嘩をしたそうだ。
 私:ふむふむ、まぁ、時に喧嘩は避けられないね。
 ド:しかしそこで終わりじゃない。
   怒りの収まらない奥さんは、後日、旦那さんを車ではねたそうだ。
 私:はぁ!
 ド:近所の人がひかれた旦那さんを病院へ連れて行って
   幸い命に別状は無かったそうだ。
   その近所の方が、奥さんへ連絡をとると、奥さんは
    「そのまま放っておいて」
   と。
 私:“車でひいちゃう”とは穏やかじゃないね。
 ド:奥さんがひいたというのがバレて
   奥さんは警察へ捕まって、裁判に掛けられたそうだ。
 私:さすがにバレるだろうね。
 ド:ところが裁判で旦那さんは
    「これまで15年間夫婦共にしてきた。私は今でも妻を愛している。
     どうか今回の事の罪は問わないで欲しい。」
   といって、控訴取り下げをお願いしたそうだ。
 私:ひかれも、そう言える旦那さんはすごいね。
 ド:結果、奥さんは罪に問われる事無く、無罪放免となったそうだ。

 私:とろこで、それってエチオピアの話?
 ド:いいや、イギリスらしいね。
 私:同じ事がエチオピアであったらどうなる?
 ド:間違いなく旦那は奥さんを殺すね。
 私:それって・・・された事以上の事を仕返すってこと?
 ド:当然さ。
   もっとも、その前に奥さんは旦那さんをひき殺しているだろうね。

夫婦間といえども、 サバイバルなエチオピア。
未だに生きているのか?目には目を歯には歯を。
いや、それとも今話題の「倍返しにしてやる!」

2013年12月10日火曜日

罪はどうやって償う?

事務所にて車に荷物の積み込みを終えて走り出すと
事務所のドライバー(ド)は満足げ。
どうしたのかを聞いてみました。

 私:どうしたの?何かいい事があった?
 ド:いや、さっき俺が話していた彼女の妹に、いい事があったんだ。
 私:どんな?
 ド:彼女の妹の旦那さんは亡くなってしまったんだが
   彼は以前、他の女性とも結婚していた。
   その女性との間には子供が出来なくて
   数年してさっき話していた彼女の妹とも結婚した。
   法律上は結婚していないんだけどね。
   その新たに結婚した女性との間には、娘が3人できた。
 私:ほうほう、ちょっとややこしそうな家族関係だね。
 ド:そう。
   そこで旦那さんは、裁判所、市役所などありとあらゆる所へ
   「この娘は、私の実の娘です」って証明になる書類を提出しておいたんだ。
 私:ふむふむ、ややこしい関係だけに重要だね。
 ド:そう。そして旦那さんが亡くなってしまった。
   当初は一番目の奥さんは
    「そんな人は知らない」
   って言って、財産分与に応じなかったんだ。
 私:そりゃぁ、そうだろうね。独り占めしたいだろうね。
 ド:そして亡くなる前に提出していた書類の効力が発行されたんだ。
   裁判所が、娘さんへの財産分与命令を出したんだ。

 私:一番目の奥さん、最初はウソをついていた訳だよね?
 ド:そうなるね。
 私:そういったウソって、聖書では厳しく罰していないの?
 ド:罰しているさ。何かしらの罰を必ず受けるね。
 私:一番目の奥さん、許しを請ったりしないの?
 ド:許されない。絶対に罰をうけるね。

信仰心の強い彼、教会等でこうした懺悔をどうやってするのか聞いてみたかったのですが
話に乗ってきてくれません。

私自身、目をつむる範疇ですが、彼もウソとは言わないまでも
懺悔すべき事は沢山しているはず。
そうした懺悔すべき事、彼もやはり罰を必ず受けるのかな?と思いきや
以前彼が言っていた事を思い出しました。
「俺は常日頃、ちゃーんとお祈りをしているから神様は許してくれるはずだ」
なんか都合がいいなぁ。
 



2013年12月2日月曜日

これは見積もりと言えるだろうか・・・甚だ疑問。

今に始まった事ではないのですが、ナイジェリアでのお仕事は大変です。
そういえば初めて出張したとき、街中のそれなりに品揃えのあるコンピュータショップにて
価格調査を目的として
 「あの、このパソコンの値段を知りたいんだけど、簡易見積もりお願いできる?」
と言ったら、裏紙にゴチャゴチャっと値段を書いて渡してくれました。
確認の為に、「これって簡易見積もりだよね?」と聞くと
首を横に振る店員。それでもって正式見積もり。

さてナイジェリア事務所のコンピュータ入れ替えの為に見積もりを
事務所の総務担当者にお願いしてとってもらいました。
スキャンしてPDFファイルにて届いたものは・・・。
あまりにも漠然とし過ぎた説明
これではどんなパソコンか特定できません。
「Dell Branded System」って・・・家庭向け?業務向け?
ノートパソコンにいたっては、さらに幅が広過ぎてなんだか判りません。 
このお店、品揃えもそこそこいいし、
特にいい加減という訳ではなく全体的にこんな感じの印象です。

ナイジェリアでは、これでよしとしているのでしょうけど
具体的に何なのかが判らないので、これでは困ってしまいます。
コンピュータに詳しくない現地総務担当者とのメールのやり取りが続きそうです。
 

2013年11月28日木曜日

バザーにて「ボランティア」の定義の違いを感じた。

過ぎてしまったイベントなんですが
今年もAddis AbabaではDesigners Bazaarが開催されました。
乾期特有のゆける様な青空
11/23, 24にて開催されたので、23日の段階でご紹介できれば良かったのですが
さすがにこちらのネット環境では厳しく、終わってからの書き込みとなります。

日頃公私ともにお世話になっている日本人ご夫妻が運営をなさっているCEHPが
Designers Bazaarへ出店しているので、お手伝い&撮影をしてきました。
陳列を終えて、お客さんを待つばかり。
日頃、CEHPの生産者パートナー(Addis Ababa周辺の女性グループを中心)と
CEHPのメンバーの方々が生産、仕上げを行って来た品々が並びます。
なかなかめぼしいお土産品がないエチオピアでは
貴重なる日本でも喜んでもらえる品々です。

陳列された品々の中央辺りに一段高く展示された本。
こちらは夏頃に紹介ビデオのお手伝いをさせて頂きましたので私自身も愛着があります。

さて、前置きが長くなってしまいました。
当日の様子は、まずはYouTube動画をご覧下さい。

今回、私自身が接客をした西洋人らしきお客さん(客)のなかで
一般的なアジア人と西洋人の違いを感じました。
 客:ここはNGOのブースかい?
 私:はい。我々はエチオピアの女性グループの自立支援をしています。
 客:金銭的な支援をしているのかい?
 私:いえいえ、それでは持続しないので
   今日販売している殆どの品は、その女性グループが生産しています。
   その品物の品質改善、仕上げなどを日本人を中心としたメンバー(CEHP)がしてます。
 客:なるほど、それでこれだけ品質がいいんだね。
   エチオピアは綺麗な女性、綺麗な民族衣装はあるのに
   こうしたお土産になる様な高品質の物が少ないからね。
と、やり取りをしたこのお客さん、幾つか品物をお買い上げ頂き
更に先の本(英語版)もお買い上げ下さいました。
この本、今回多少の割引をして販売していたのですが、こちらのお客さんは
 「いやいや、そうした活動の為に販売しているなら、割引はいらないよ」
と言って、定価で買って行かれました。

こうしたお客さん、特別ではなくCEHPの方々へ聞いてみると
 「私もそうしたお客さんに遭遇した」
との事。
でも恐らく、このお客さんも、他のお客さんも知らないと思うけど
このCEHPに参加しているメンバーは、み〜んな手弁当。一切手当をもらっていません。

日本では「ボランティア」というと、手弁当、無給での参加が当たり前の様ですが
それぞれの運営組織、運営費という物が必要です。
また、それに関わるスタッフの人件費なんかも必要となります。

西洋では「ボランティア」といっても、生活費程度の手当をもらうことは珍しくなりません。
国連組織が行っている国連ボランティアといえども
現地生活費の名目で活動先の国にて生活に困らない程度の生活費を頂きます。


このCEHPの活動
 「我々CEHPのメンバーは、手弁当で活動して女性グループ支援をしています」
って言った方がいいのかな?
いえいえ、やはりそこは日本人。
そんないらないことは言わずに、コツコツと女性グループ支援を続けていくでしょうね。
私自身もそんな姿勢の方が好きです。
 

2013年11月19日火曜日

Great Run 2013向け安全対策

毎年11月も下旬が近づくと
アディスアベバでは、職場では、Great Runの話題が出てきます。
昨年、私自身も参加しましたが・・・標高の高さから思う様に走れず
最後は少々ばて気味?脱水症状気味?になった気がします。

このGreat Runは参加者数が物凄く、37,000人程(2012年)が参加します。
 ※青梅マラソンは12,000人程 
スタート地点、物凄い数の参加者!

スタートと同時に押し合いへし合い!

さて、今年も11月23日にGreat Runが予定されていますが・・・ここで少々問題が。
今年の10月14日に、ソマリ地区にて爆弾を作っていたと思われる2名が
作る際のミスにより爆発を起こしてしまい、死亡する事件がありました。

折しもワールドカップ予選エチオピア対ナイジェリア戦が開催される前で
この無くなった2名は、この試合会場にて爆弾を爆発させて
爆破テロを企てていたとの見方が有力です。
8月のケニアのナイロビで起きたテロ依頼、エチオピアも治安引き締めに躍起ですが
この先どうなるでしょう。

さて、ここまでは実は前置きで、ここからが本題。
今年のGreat Runは、一体どのような安全対策をするのでしょうか?
沿道10kmのコース全体をくまなく警察を立てるのか?
約37,000人の参加者一人一人をくまなくボディチェックを行うのでしょうか?
私の得た情報(事務所の運転手さん(ド)との世間話)からでは
そんな非現実的な方法ではありませんでした。

 私:今年もGreat Runが予定されているね。
 ド:そりゃぁもちろん、これまで例年開催されているからね。
 私:でも、今年は安全対策は大丈夫なの?
 ド:安全対策?
 私:だって、ナイロビでのテロ以来
   ソマリアの周辺国はみ〜んなセキュリティレベルを上げているじゃん。
 ド:エチオピアは大丈夫。
 私:言い切るねぇ。
 ド:エチオピアのセキュリティレベルは
   元々ケニアなんかとは比較にならない位高いんだ!
 私:え〜ぇ、でもさぁ、ソマリ地区で爆発騒ぎがあったり
   国境付近の街でバスが爆破されたじゃない。
 ド;後者が国境付近だから関係ない。
 私:う〜ん、では前者のソマリ地区は?
 ド:前者もソマリ地区で起きただろう?エチオピア人の居住区じゃない。
   しかも作っている最中に爆発して、失敗したじゃないか。
 私:え?だって、爆弾作れる材料は揃うってことでしょ??
 ド:いやいや、神様が爆弾作るの失敗する様にして下さったんだ。
   神様が我々を守ってくれているから大丈夫だ。
 私:・・・。

神様を持ち出されては、いかなる安全対策よりも有効に聞こえてしまいます。

え?私はどうするかって?参加しませんよ。
 

2013年11月15日金曜日

お給料と援助

出勤途中の事務所運転手さん(ド)との世間話シリーズ。
ラジオから流れてくるアムハラ語放送の内容を教えてくれました。

 ド:あるインド人がエチオピア人を雇っている会社での話した。
   ある日、インド人が部下のエチオピア人を呼んだそうだ。
   「おい、君の給料は35,000Birrと高すぎるので、下げたいのだが」
 私:35,000Birrってけっこう良い給料だね。US$2,000ちかいじゃん。
 ド:うん。確かにそうだ。しかし彼女は冗談だと思って本気にしなかったそうだ。
 私:インド人は冗談じゃなかったの?
 ド:そうらしい。そこでインド人は更に
   「エチオピアには依然として2400万人の貧困層が慢性的な食料不足に苦しんでいる。
    その人達に、少しでも分けた方が良いと思うのだが?」
 私:で、その女性は結局どうしたの?
 ド:自主的に退職したそうだ。
 私:その・・・、そのインド人がした事はどう思う?
 ド:賛成だね。

貧困で苦しんでいる人が居る一方、こうした高給取りが居る事も事実。
貧富の格差はドンドンと広がって行くエチオピアです。

ドライバーの発言も
 「この人は沢山お金を持っているじゃん、貧しい人へ施しをして当然だ」
という気持ちもこもっている様に感じます。
これって援助国へ対する気持ちに通じている気がします。
 「裕福な国が、貧しい国へ援助をして当然」
そんな印象をアフリカ大陸で仕事をしていると感じる事がしばしば。
それは宗教観に繋がっていたりするので、なかなか根が深くて難しい問題。

おんぶに抱っこでは、いつまで経っても自立は難しいと思うのですが
この既成概念はなかなかひっくり返りそうにありません。
 

2013年11月13日水曜日

“殺人罪”よりも重い刑

出勤途中の事務所運転手さん(ド)との世間話シリーズ。
ラジオから流れてきたニュースに耳を傾け、そのニュースの事を教えてくれました。

 ド:陽介、これはひどいニュースだ。
 私:え?どんなニュース?
 ド:Mescal Squareの近くにある教会そばで人を一人跳ね
   Mescal Square付近で他の車と接触して
   Dembel付近にて、さらに一人跳ねから、他の車と接触事故を起こして止まった。
   この車を運転していた人は捕まったんだけど・・・無免許だった。
 私:う〜ん、刑務所行きだね。
 ド:もちろんそうだ。
 
 私:仮にだよ、この運転していた人が20歳未満とか、18歳未満だとどうなるの?
 ド:その場合は・・・親が刑務所に入れられるんだ。
 私:え?親が??
   本人は無罪放免!?
 ド:その代わりに親が刑務所へ入るからね。
   でも、例外がある。
   過去に窃盗、喫煙、・・・等色々おかしていて、親としてもどうしようもない場合は
   親が刑務所に入らず、18歳未満でも刑務所おくりになるんだ。
 私:へ〜、日本でも少年院ってのがあるよ。

 私:先のニュースの件、どれくらいの刑期になると思う?
 ド:そうだなぁ、裁判所がどう判断するか何とも言えないが
   少なくとも6〜7年くらいか。
 私:他にどういった犯罪が重い刑期になるの?
 ド:もちろん殺人だ。あとは強盗、反政府活動。
 私:殺人よりも刑が重くなる事は何?
 ド:比べるまでもなく、反政府活動だね。
 私:「比べるまでもなく」!
 ド:刑務所でも他と隔離されて収監されるんだ。
 私:特に重い刑だと、地下牢に入れられて、一日数時間しか外の光を浴びれない。

殺人よりも、反政府活動の方が刑が重いとは・・・ 北朝鮮もそうなのかな?
  

2013年11月4日月曜日

休暇の過ごし方

出勤途中の事務所運転手さん(ド)との世間話シリーズ。

就業中、総務担当者から年末の休暇取得に付いて相談されていました。
そーいえば、一般的に旅行とかに出掛ける習慣はなさそうなエチオピア人。
果たしてどうすごしているのか?

 私:中期、長期間の休暇を取得した場合、どうすごしているの?
   どこかへ旅行したりする?
 ド:旅行へは行かないね。
 私:家でゴロゴロしているの?
 ド:いいや、むかしはトラックの運転手とかを臨時雇いでやっていたね。
 私:へー、それって稼ぎはいいの?
 ド:雇い主からトラックを充てがわれて、片道250kmくらいの道を砂を運ぶんだ。
   往復で2日間位か掛かるかな。
   それでおおよそ1,000Birrくらいだ。
 私:へー、けっこう良いお金になるね。
 ド:さらには日当宿泊費もでるんだ。
 私:それなら週に2往復して、2,000Birr。月で8,000Birrは見込めるじゃん。
   今の仕事よりも給料が良いんじゃない?
 ド:いやいや、そんな単純なもんじゃないさ。
   額面だけ見ると良い給料だけど、保険はないし、年金制度もない。
 私:(だからアルバイトでしかやらないのね)
   公的年金制度はエチオピアにはないの?
 ド:今年の9月から始まったぞ。正確な所は判らんが
   給与の18〜19%を年金システムへ収める仕組みになっているらしい。

エチオピアでは政府系、国連系、NGO系などはこうした年金、医療保険が整っているので
就職先として人気がある様です。
一部の民間企業は違う様ですが、多くの民間企業にはこうした制度が無いため
エチオピア人の中でも、就職希望先としては人気がない様です。
民間企業が脆弱 -> 保証制度を充実できない -> 
-> 人材が政府系等へ流れる -> 民間企業が育たない
と、そんなスパイラルになっていた様に感じます。

日本で言う厚生年金制度が始まったこれから、“保証制度の充実”が改善されるなら
エチオピアの民間企業は育つでしょうか?
いやいや、まだまだ民間企業が育つには障害が多すぎる様に思います。
 

2013年10月30日水曜日

お仕事と、Back stop

出勤途中の事務所ドライバー(ド)との世間話シリーズ。
出勤途中、ラジオから流れてきた小話を教えてくれました。

 ド:陽介、仕事では一般的に、休暇をとる時に
   休暇取得中に仕事を替わってこなしてくれる人を設定するだろう?
 私:(日本ではそんな改まってしなくても、誰かがこなすけど)
   そうだね。うちの事務所でも設定しているね。
 ド:しかし、一般的にエチオピアでは、手続き等で事務所へ行っても
   担当者が居ないと・・・
    「明日来て下さい」
   ってにべもなく言われるね。
 私:うん。それが一般的だ。
 ド:どうしてか判るか?
 私:いや・・・、責任とかとりたくないから?
 ド:そんな複雑な理由じゃないさ。
 私:え?
 ド:マニュアルに「明日来て下さい」って書いてあるのさ。

実際、政府関係の諸手続き、組織内の手続きにしても
担当者が不在だと、往々にして
 「明日来て下さい」
と言われがちなエチオピア。
半日手続きで並んで、やっとこもうすぐ順番がやってくる!って時でも
 「今日は時間切れ。明日来て下さい」
と言われる事も度々。

複雑怪奇な書類手続き、そして数々の書類、形式の決まっていない書式、・・・
そしてとどめを刺すのが、この担当者不在時の対応。
これでは手続きに時間が掛かるのも納得です。

発展の妨げになっている様な気がしてしかただない。
 

2013年10月18日金曜日

エチオピア北部州訪問記 〜Gondar王宮群〜 業務以外編 4/4

エチオピアのタナ湖北東に位置する街Gondar。
個々にはユネスコの世界遺産にも登録された王宮群があります。
入り口
16〜17世紀へ掛けて建造された建物の遺跡が残っています。
正直なところ、アフリカの大地に、これだけの文明が当時あった事に驚きです。
当時のヨーロッパと遜色ないのでは?
説明はえらい簡素。
しかし、詳しい歴史が不明で、諸説があるのみ。
これだけの文明があったのなら、今のエチオピアはもっと栄えていても良いはず。

とはいえ、かつての中国、かつてのエジプトなどもヨーロッパ以上に栄えていたのに
その後は衰退してしまった事を考えると
エチオピアも何かしらの理由、原因で文明が衰退してしまったと考えられますね。


街中に残る城門など
文明が衰退してしまったとはいえ、これだけ貧困、飢餓等で苦しみ続けている現状を思うと
 「この時の発展は、どこへ行ってしまったんだ?
  これだけ発展するポテンシャルは持ち続けているって事? 」
と思わずにいられません。
現在の建物というと・・・退化してしまった?
かつての王宮群の建物と、現代の庶民の建物を比べるのは酷ですが・・・
やっぱり後退している様に感じます。

かつての栄光を取り戻す日はやって来るのでしょうか?
  

2013年10月16日水曜日

エチオピア北部州訪問記 〜運転手さん〜 業務以外編 3/4

今回の出張中、我々を日々目的地まで運んでくれたLand Cruserの走行キロは578,000kmです。
すでにボディーはガタがきて、あちこちに数えきれないくらいの不具合があります。
でも、この車しか無いので、これで行くしかありません。
2世代前のLand Cruser
そんなポンコツを運転してくれるのがネガッシュ氏。
ハンドルの遊びは大きいし、ボディーはガタガタだし
運転は相当の疲労を伴うと思います。
なんと立派なお腹よ!
移動が一段落着く時は、彼をなんとか労いたいもの。
Gondarへ着いたとき、時間に余裕があったので
Gondar市内にある世界遺産にもなっている王宮群へ行ってみました。
観光はあまり興味ない?
しかし、トットコ、トットコ先へと進みたがります。
レジャーって言葉が馴染み無い彼にとってはイマイチだったかな?
しかし、所々にて写真を撮って見せてあげると大変満足そう!
自慢のサングラス(ユニクロ)と共に
ご自慢のサングラスと共に撮影すれば、ポージを決めちゃいます。
写真を見て彼は
  「陽介、俺のお腹はデカすぎるな!」

ネガッシュ氏よ、夜ご飯の替わりに飲むジョッキ2杯のビールを止めようよ。
 

2013年10月11日金曜日

エチオピア北部州訪問記 〜子供達〜 業務以外編 1/4

今回の業務出張に関する事を3回書いてきましたが
これから4回は業務を離れた部分にて。

体感的ではありますが、エチオピアの首都と地方の経済的な格差は
予想を遥かに超えて大きかったです。
しかし、かつて自分自身が2年4ヶ月間生活をしたブータン同様
子供達の瞳は輝いていました。

Raya - Azebo, Tigray付近にて





      
水が貴重品なこうした土地では、人々は満足にお風呂に入る事が出来ません。
日本のメディア等で私自身が目にした難民キャンプ等の映像では
子供達にたかる多くのハエを目にしました。
やはり今回も特に子供達にたかるハエを見ましたが
てっきり
  “汚いから、そこへハエがたかっている”
と思っていました。
しかし、顔を拭いてあげてもハエはたかります。
汚いからたかっているのではなく、水分めがけてハエはたかっていました。

実際、我々の唇付近にも水分めがけてハエはたかってきます。
たかっているハエの数は圧倒的に子供の方が多く
「何かしら対策が出来ないのか?」と思ってしまいます。


Shire, Tigray付近
Shire, Tigray付近にて
エリトリア難民キャンプが付近にあるShireは
土地の人々の生活しているそばで、新たに難民達が住み始めています。
カツカツな状態の土地の人達にとって、新たな人達がやってくるのは死活問題です。
そんな土地の子供達、果たして学校へ行く余裕はあるのでしょうか?


Mytsebri, Tigray付近
例え土地が肥えていて、雨が多くとも
まだまだエチオピア国内にはアクセスの悪さから
十分に発展の出来ていない土地があります。
中核都市に挟まれていながら、その2つの中核都市の間は荒れた砂利道。
そんな場所に位置するMytsebriの街は、発展から取り残されています。
土地が肥えているので、発展するポテンシャルはあるのですが
道路がアスファルトになるまでの間、緩やかな発展が続くと思われます。
しかし、ここの土地の子供達の瞳もキラキラと輝き
都会(Addis Ababa)の子供達よりも良い顔をしている様に思います。
ある程度の経済的な発展は不可欠だと思いますが
その後、どこまで発展するのがいいのか、疑問を抱いてしまいます。
テレビがあり、携帯電話もあり、情報だけが入ってくる中では
「知らないから幸せなんだ」とはいえません。
子供達の瞳は輝き、生き生きしています。

環境が厳しい中、支えあって生きていて
共に過ごす時間が多いのが大きく作用している様に感じます。
 

2013年9月26日木曜日

「東アフリカ」と、「アフリカの角地域」

出勤途中のドライバー(ド)との世間話シリーズ。
先日ケニアのナイロビで起こったテロの話に続いて。

 ド:「東アフリカ」ってどの国をいう?
 私:えーっと、ケニア、ウガンダ、タンザニア、・・・かな。
 ド:よし、ではエチオピアはなんて表現される?
 私:「アフリカの角」って言われるね。
 ド:そう。でも、どこにも方角を表す言葉が入っていないんだ。
 私:確かにそうだね。
 ド:あと、エチオピアは植民地になっていないんだ。
 私:それは知っている。
 ド:電話も、電気も、全て政府が管理している。
   時々、不調だったり、サービスがイマイチな事はあるけど。
 私:(非常に迷惑しています。いい加減、サービス改善して欲しい)
 ド:それに対して東アフリカの国々ときたらどうだ?
   ぜーんぶインド人に面倒をみてもらっているじゃないか!
   あれじゃぁ、お金は全てインドの銀行へ流れて行ってしまうよ。
 私:(今、エチオピアも中国に色々面倒をみてもらっているけど...中国はいいの?)
   かつてウガンダが、インド人を追い出したとき、経済が停滞した事あったね。
 ド:そう、東アフリカの国々は自分たちだけでは何にも出来ないんだ。
   今回のテロにしたって、アディスアベバで起きたって半日で解決できるさ。

どことなく、東アフリカの国々に対してライバル視をしているのを感じます。
エチオピアは電気も、電話も全てを政府が管理しているため
安定性を含めてサービス全般が低い気もしますが・・・そこは言わない事に。

また「エチオピアは植民地になっていない」というのも・・・実際にそうなのでしょうか?
 ※イタリア領東アフリカについて
エチオピアよりも海に近いエリトリアは、色濃くイタリアの影響を受けていました。
アディスアベバにしても、街中の地名にイタリア語があったり
食べ物にしても、イタリアの影響を受けていたりします。


東アフリカ諸国、かつてイギリスやドイツの植民地になっていました。
その植民地になった国出身の人達がアディスアベバをみて、エチオピアをみて言います。
 「むしろ植民地になって良かった」
今現在のアディスアベバ市内のインフラの状況をみると
東アフリカ出身の彼・彼女の言い分もわかる気がします。
  

2013年9月16日月曜日

「アフリカ理解プロジェクト」の活動紹介ビデオ撮影

子供達にも明るい未来を
週末、最近お手伝いをさせて頂いている
 「アフリカ理解プロジェクト(以下、アフリカ理解)」
のプロジェクト活動先の撮影を行ってきました。

これまでもお手伝いでいくつか撮影を行っていましたが
いずれもこのアフリカ理解では枝葉の部分と感じていました。

これまでの撮影分と併せて
最終的にはアフリカ理解全体の活動紹介ビデオを作る予定ですが
それにはまだまだ素材が足りません。
 これまでの編集済み分:Africa-Rikai.net Channel on YouTube

今回の撮影ですが、アディスアベバ市内でも貧困層が暮らす地区での撮影でした。
アスファルト道路から、石畳の道路の路地へと入り
更にその路地から、舗装も、石畳も入っていない小道を入った奥です。
集会所は、この小道の奥
そこにある地区の集会所にて、女性グループが活動しています。
日本人グループの指導のもと、アクセサリー等の加工を行い
検品を通過できた商品を先のアフリカ理解が買い取り
アフリカ理解が販売を行って、収益金から材料費などを差し引いて
活動費にあてている様です。
アクセサリーを作成中
活動風景等を録画
その女性グループの一人、「最近、住んでいた家を立ち退きで追い出された」との事。
集会所での撮影を済ませた後
彼女の住んでいる(家ではない)場所の撮影に向かいました。

表通りはLRTの工事が進んでいて、賑やかな状態です。
その表通りから脇道へ入り、急に彼女が立ち止まりました。
 「ここが私の今のお家です」
この白いビニールで覆われた辺りが、彼女の住居
中は埃っぽく、右には家畜、正面に彼女の住居、その左隣は垂れ流しトイレ
外から見ても、そこは家畜等を飼っている場所にしか見えません。
かろうじて表へ飛び出している部分が厩舎とは違う感じ。
中へ入ると、実際にロバ、牛が寝ています。
そんな一口付近の一角、彼女の“家”というにはあまりにも狭すぎるスペース。

家畜と隣り合わせ、さらにその反対側は垂れ流しトイレと隣接。
こんな環境で寝泊まりをしているとは、カルチャーショックです。

彼女の様に、道路等の拡張工事で立ち退きにあい
住む場所を追い出されてしまった人々は、ここアディスアベバでは珍しくない話。
しかし、彼女の様に貧困層の人にとっては、次に住む場所を見付けるのは困難です。
こうした人々に少しでも安定的な現金収入を作ろうという
 「アフリカ理解プロジェクト」
私の出来る協力は微々たるものではありますが
素材が集まった時に制作に着手する活動紹介ビデオは
今から力が入ってしまいます。
 

2013年9月11日水曜日

Happy New Year!!

とはいえ、これはエチオピア歴。

大家さんに頼まれて雇っているお手伝いさん(掃除、選択担当)に
何か新年のプレゼントをあげようと思い、そこへ「Happy New Year」を添える事に。

でも、このお手伝いさんは英語がわからない。
という訳で、同僚にアムハラ語にて書いてもらいました。
同僚に「Happy New Year」と書いてもらった

うーん、全く判らない。
「2006」とは年号です。エチオピア歴で、2006年が始まります。