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2013年11月18日月曜日

海外でDVD買っても見られない恐れあり。

10年程まえ、ブータンの映画館にて「Travellers and Magicians」という映画を見ました。
ブータン人監督の作品で、なかなかよく出来た話でした。
“コレクションに加えたい”のではなく、純粋に再び観たかったのですが日本では未発売。
海外のAmazonにて注文して、転送サービスを利用する事も考えましたが
転送料金の方が、DVD本体よりも高くなってしまうのでタイミングを伺っていました。

そして長い年月を経て、遂に手に入れたDVD!!
やっとこ!やっとこ手に入れました!
しかし、簡単に再生できないのがDVDの厄介な所。
DVDにはリージョンコード(Region Codes)というものがあり
自分の地域以外のDVDは一般的に再生できない仕組みになっています。
なかには複数の地域で再生できる様にしてあるDVDや、DVDプレイヤーもありますが
単一地域でしか再生できないのが一般的!

では、パソコンのDVDプレイヤーにて再生しようとするとこんなメッセージが出たりします。
残りの変更可能回数確認は、要チェック!
ここに書いてあるメッセージの中で
 「あと◯◯回だけドライブのリージョンを変更できます」
このメッセージは要注意!
ドライブのリージョン書き換えは、DVD再生ソフトへ行うのではなく
DVDのハードへ行います。
この変更回数が限度回数に達してしまうと、そこでリージョンが固定されます。
こうなってしまうと、どうにも変更する事は出来ず、ハードを買い替えるしかなくなります。

今回、買ってきたDVDはRegion 1。
これまでMacで再生してきたRegion 2とは違います。
さて、今回この1枚のために、リージョンを変更するかどうしようか・・・悩み中。
 

2013年9月23日月曜日

宝くじとその勝者

日本でも好きな人には大人気な宝くじ。
サマージャンボ、ドリームジャンボと発売日には、ニュースで取り上げられる事もあります。
エチオピアの宝くじ
ここエチオピアでも、宝くじは販売されていて
昨今の最高当選額は、4,000,000(4 million) Birrとの事!
単純に日本円へ換算しても、21,000,000円(2013/9/21現在)
貨幣価値の違いを考えると、かなりの金額である事は間違いありません。


この宝くじについて、事務所のドライバー(ド)と移動中に話した事があります。

 私「宝くじ、買うんだね。最高金額はどれ位?」
 ド「最高は、4 million Birrだよ。」
 私「でも、本当に当たるの?」
 ド「いや、さすがに最高は期待していないよ。2,000Birrとかが
   当たれば良いかなと思ってね。」

 私「実際に最高金額が当たった人の話を聞いた事ある?」
 ド「うん。しかし、どうした訳か、金持ちが当たる確率が高い気がする」
 私「あー、そういえば南西アジアの国に居た時も
   どうした訳かお坊さんがよく当たっていた。」
 ド「昔な、もっと小額な宝くじの抽選会場での事なんだけど
   俺の隣の男性と、お互いに“当たらないか?”と覗きあっていたんだ
   するとそいつ、当たっても居ないのに“当たった!”って言って
   係員の所へ行くんだよ。おかしいと思ってみていたら
   係員も“当選おめでとうございます!”ときた。
   おかしいなと思って、そいつに“お前、当たっていないだろう!”って問いただしたら
   当選金額の一部を俺に渡して、口封じしようとするんだ。」
 私「ありそうな話だね。つまりそいつはサクラか。」
 ド「陽介、ここを何処だと思っている?」
 私「え?」
 ド「アフリカだぞ。そんな宝くじがキチンと運営されている訳ないじゃないか」

わかる様な気がします。
 

2013年4月23日火曜日

停電からの復旧

昨夜は「さぁ、ごはんを食べよう!」と言った途端に・・・真っ暗。
停電です。

そんなときは、慌てず焦らずロウソクを灯して
キャンドルを明かりに晩ご飯となります。
揺れる炎、ほのかな明かり
廊下にもロウソクを立てます。
とまぁ、ここまではいつもの事。


今朝、スタビライザー(変圧器兼電圧安定器)のスイッチを入れると
 バチン!
と大きな音がしました。
むむ!!!嫌な予感!スピーカーが壊れてしまったか??

幸い、使っていなかった他のスタビライザーを繋ぐと
いつも通りに音が出たので一安心!
変圧器兼電圧安定器と、ヒューズ
「7Aのヒューズ下さい!」って日本じゃ、なかなか買えないんじゃないかな?

エチオピアでは電圧降下が頻繁に起こるので、こうした電圧安定器は欠かせません。
事実、職場のサーバーで電圧変動のログをとってみるとこんな感じ。
昨夜の停電も記録されています。

過去、協力隊員として派遣されていたブータンでは
同期隊員の任地チュカ(Chhukha)では公称240Vの電圧が
時に300Vくらいまで上がる事があったとの事。電球が破裂するとの事です。
Chhukhaの街(Bhutan)

電圧降下のみのアディスアベバ。まだまだ条件はいいかもしれません。

2012年5月19日土曜日

自動車運転の習慣

事務所のあるドライバー。
朝晩の送り迎えをしてくれます。

彼の運転に乗るには緊張を伴います。
他の車との接触しそうになったり、犬をひきそうになったり、無理に割り込んだり。
その度に身の縮む思いをしておりました。
日本でも都道府県が違えば県民性からか?運転には違いがあるかと思います。
ましてや国が違えば・・・更に違うでしょう。

これまでブータン、エリトリア、タイと全部違いましたから。
ブータン。交差点で直進車はライトを点灯。
タイのバンコク。道路はすし詰め状態。
エチオピア。隙間を見付ければズンズン車は進んで行く

とはいえ、身の縮む思いをすることがあまりにも多く
感覚的には少なくとも一日に一度はある様な気がしました。
そんな訳で、事務所の総務担当者の女性に相談です。

彼女曰く「じゃぁ、三人で話し合おう」ということで、その通りになりました。

3人で話した席で、彼は
 「今まで18年間運転手をしてきたけど、そんな苦情は一度たりとも聞いた事無い」
と自信満々に言い張ります。
しばらく論点の噛み合ない話し合いをした後、彼女から言われた事は
 “これからヒヤリとした事があったら、それを記録に取って欲しい”
との事なので、日々取る様になりました。

それから数日、ヒヤリとする事が減った気がします。すると彼が
 「陽介、俺の運転は依然として完璧じゃないけど、これまでよりも良くなっただろ」
と言ってきます。
この間の話し合いの時とは大違いな物腰です。どうしてかと続きを聞くと
 「来年の給与の査定があるからね。」
というじゃないですか。

って事は何ですか!?査定が終われば再び危なっかしい運転に戻るわけ?
これは査定に関係なく、私のヒヤリ・ハッとの記録は続けねばなりません。
 

2012年5月5日土曜日

楽しみは見付けるしかない。

ブータンにて協力隊員の当時、ケーキ作りにはまっておりました。
それ以来、料理をするよりもケーキ等を作っている方が楽しかったりします。
 帰国される方がホームベーカリーを売りに出すとの事で譲って頂きました。

譲って頂いてから、棚に飾ってあるだけだったのですが試しに作ってみました。
幸い、譲って下さった方が2回分くらいの材料も一緒に下さったので
思い立って、すぐに取り掛かれました。
さて始めましょう。
 普段は読みもしない説明書を読むのも楽しいです。
こねております。

当然ではありますが、材料を測って、機械へ入れて、あとは出来上がるのを待つだけ。
膨らみつつあるのが見えます。
待つ事2時間くらい?
途中、停電に遭遇する事もなく無事に焼き上がりました。
週末の朝ご飯?昼ご飯?は焼きたてパンを楽しめそうです。 

勢いに乗ってもう一つ。
先日、友人から圧力釜を使った料理本を借りました。
その中に「圧力釜でプリンを作ると簡単!綺麗!にできます」
というので試しに作ってみました。
あらまぁ!すが入る事なく、綺麗に出来上がりました。
これまで火加減を色々調整していた苦労がウソの様です。


私はやっぱり料理よりも、こうしたケーキ作り的な事の方が好きの様です。

2011年12月28日水曜日

ブータンのDVDをさばく事にした。

実家のベットの下で眠っていた大量のDVD。
とはいえ、AVのビデオではありません。



愛知万博の時に、ブータン館にて販売していたDVD制作に関わっていたのです。
「こんなこと、二度とないだろう!」
ということで、また、名刺代わりにもなると思って個人的に追加注文をしておきました。
ある程度は配ったりしたのですが、流石に全てをさばくのは無理そうなので
この年末年始で一時帰国をしたタイミングを利用してさばく事にしました。



Yahoo!オークションにて「ヒマヤラからの贈り物」と検索して下さい。
制作に協力して下さった方々の事を考えると利益は取れません。
DVDの製造原価+送料にて出品中です。


Yahoo!オークション:Link

2011年11月18日金曜日

お駄賃

昨日、JICA関係のプロジェクに携わっている友人から電話が入った。
同じ笹川アフリカ協会のプロジェクトでありながら
地方で頑張っている同僚が活動するエリアへ出張するとの事。

日本からエチオピアの首都アディスアベバへ
そして更に地方都市まで身の回りを全て持っていくというのは困難。
同僚が日本から送った荷物の半分くらいは、アディスアベバに残したままであった。


さて、冒頭に書いた友人が同僚に荷物を届けてくれるとの事。
喜んで荷物を車に積んで、友人の事務所へと向かった。
駐車場から友人の事務所の建物までは微妙に距離がある。

“どうしたものか?”と職場の運転手さんと話していたら
その辺りに居る人達が
「手伝おう。ただし、先にお金をくれないと嫌だ」
と名乗りを上げてくれた。

どうしてもこの手の“お金をせがむ”話は多い。
手伝う=お金をもらう
図式が出来上がってしまっている様に思う。
結局、そんな提案は無視して
自分達でえっちらおっちら荷物を事務所まで運んだ。



最近、毎日ニュースで取り上げられているブータンを思い出して
そういえばブータンでは年長者の鶴の一声で
有無を言わさずに手伝いを若い人がしていた気がする。
もちろんお駄賃もあったもんじゃない。
ハダル(天界の四方を守る神々が書かれている旗)を
立てる作業を手伝う生徒達

でも、手伝いが終わればお辞儀をして去っていく。
話はズレるかもしれないが、ブータン人の写真を撮ったあと
撮った写真を見せて言われる一言は「Give me money」ではなく
いつも「Thank you, sir」であった。
ブムタン県の僧侶学校にて
ブムタン県の僧侶学校にて
このブータンという国、貧しい国には違いないが
援助機関の申し入れを何でも受け入れるのではなく
自国の方針に沿わない援助は断っている。
週末の野菜市場のブータン人
お金をもらう事が当たり前になってしまっている国と
そうでない国の違いは何であろうか?
お金をもらう事が当たり前になっている国は
やはり切羽詰まっているのか?


参考文献:山本けいこ著『ブータン -雷龍王国への扉』明石書店,2001年ブータン雷龍王国への扉

2011年11月15日火曜日

こんな時はどうするか?

9月以降、仕事の基本「ほうれんそう」を心掛けつつやってきたつもり
仕事と、それ以外の疲れが重なって、更にそこへ止めをさされた「携帯すられ事件」。

“自分自身の行いが悪いのであろう”と思いつつも、何となくうまくいかない。
こんな時は「プジャ」をしたい気分。


とはいえ、今居るのはエチオピア正教が盛んなエチオピア。


昔協力隊員で居たブータンであるなら
間違いなくお坊さんを呼んでプジャをしたと思う。
もしくは、ローカルの野菜市場へ行って、子供達の表情を眺めていたか?


でもね、今居るのはブータンじゃなくて、エチオピアなんですよ。


気分を切り替えて、コツコツ目の前の仕事をやっていくしか無い。
そうそう、思い出した。自分自身の持ち味を『へこたれない事』でした。
明日も一歩一歩がんばろう。



日本でブータンの事が注目されているので、あえてブータンに絡めてみました。

2011年11月14日月曜日

金銭授受よりも

先日、いつも大変お世話になっている方からのメールで“?”が発生。
「献本したいので、送り先を教えて下さい」
との事。
何の事か思い出せず、しばし“?”が頭の中を駆け巡りました。

“あ〜ぁ”と思い出したのは、以前、平山修一氏から

「ブータンの本を日本語へ翻訳出版するにあたり
ブータンの犬の写真を使いたいので写真を貸して頂きたい」
旨、メールをもらっていました。

以前も氏が出版なさる本に何度も写真を使って頂き
両親に対して自分がやってきた事の一部をこうして形に残せるので大変光栄に思い
今回も二つ返事で写真提供をしていたのでした。


新婚の第5代国王夫妻が日本へ公式訪問されて、注目度が上がっているブータン王国。
ブータン王国は『幸福度の高い国』としては名前が通っていますが
それだけでなく、ブータン王国の方針は今後の社会が進むべき方向性の一つとして
多いに考えさせられる国策を持った国です。

ブータン王国に関する日本語出版物の絶対数は決して多くはありませんが
詳しい方々が書かれた読みやすい本はあります。
ブータン王国に対して一過性の興味に留まらず
ヒマラヤの奥にある人口80万人程の小さな国ですが
今後も興味を示して欲しいです。


写真提供したからといって、お代は頂きません。
“金銭授受の以上の強い繋がり”の方が大切だと思っています。
そうした事も、青年海外協力隊員として
ブータン王国で活動を通して学んだ事かもしれません。
今回も平山氏には、こうして後に残る形にして下さった事に大変感謝です。
ダワの巡礼 ―ブータンのある野良犬の物語―
クンサン・チョデン 著 (ブータン)
平山修一/森本規子 監訳

( アジアからの贈りものシリーズ )
段々社(発行) 星雲社(発売)
本体 1,800円 四六判・並製・200頁
発行日 2011年11月
ISBN978-4-434-15934-3 C0097

2011年3月14日月曜日

ブータンという国

昭和天皇が崩御された際、阪神大震災が起こった際
ブータン王国では国レベルで哀悼の意を表して下さります。

今回の震災が起こったときも在ブータン王国の日本人を招いて
国王が自ら哀悼の意を表して下さりました。
http://www.bbs.com.bt/bbs/?p=4262

日本とブータン王国の関係が良好というだけでなく
ブータン人の心の温かさも感じます。

2010年8月22日日曜日

自転車と共に

青年海外協力隊で赴任したブータン。国連ボランティアで赴任したエリトリアとバンコク(タイ)。


どちらも自分の自転車を持ち込んで現地で乗り回しておりました。
ブータンへ持って行った自転車は
毎日の片道20分(15分上り坂、5分下り坂)の通勤に
そして買い物へと活躍してくれました。
環境が過酷だったのか?
もしやバスに積んで移動中に、激しくぶつかって
前後輪がひしゃげた影響が出たのか?

ブータン赴任当時
輸送中に何かにぶつかってひしゃげました
エリトリア赴任前の亀裂発見(これ以外にも発見)





エリトリア赴任前にはメインのフレームにひびが入るに至りました。

Asmara郊外にて

仕方なくエリトリアへは出来る限りパーツを移植して
フレーム自体は新しいのを買って持って行きました。


そしてバンコクへ異動にともなって一緒に異動。

ルンピに公園にて

体力維持のため。
体型維持のため。
これらも共にすることでしょう。

2009年9月4日金曜日

朝5:50発の飛行機

一昨日、昨日と我が家へ来たブータン時代からの友人。
今朝5:50発で出発と言うことで
空港へと0:00過ぎにタクシーで向かっていった。


話は戻って一昨日の晩。
久々にその友人とあったので
二人して楽しく夕方ぐらいから食べたり飲んだり。
場所を変えて我が家へ帰ってきてからも更に。

お互いに疲れている日だったので酔いは早く回った。
更にはしゃいでいたので、酔いの回り方は更に早く。
いったいどれだけ飲んで、何時に寝たかも定かではない。
空になったビールの空き缶、1/4程しか残っていないウィスキーの瓶が
どれだけ飲んだかを語っている。


二人とも激しい二日酔い。お互いに昨日は役立たずの状態。
さすがに友人が乗る便の時間が早いので昨日はお酒を控えた。
それでも前夜の飲み過ぎがたたり
激しい二日酔い。それが無くなっても睡眠不足から眠気
そして内臓も疲れているので、身体全体が重い。


そんな状態で友人は0:00過ぎに我が家を出て行った。5:50発の飛行機に乗るために。
空港に無事に着いたことを知らせる電話が入った。
そこでは友人の更なる落胆した声が・・・。
「飛行機の時間がAM9:50に変更になった」
この時間なら、私と同じ時間に起きてアパートを出ても
十分に間に合う時間であった。
クーラーがきつい空港で、友人は一睡も出来ずに過ごしたそうだ。


彼の行き先はブータン。
旅行者にとっては羨ましがられる行き先だが
二日酔い、睡眠不足の彼にとっては、憂鬱以外の何物でもないだろう。

2009年3月25日水曜日

日本から届く郵便物 「手紙って、ドキドキする」

確か郵政公社の頃、ホームページには
「手紙って、ドキドキする」
ってキャンペーンをうっていた気がします。


定期的に届くJICAからの郵便物は
・JICA's World
・クロスロード
・JOCV News
があります。

先日、実家に油が付着して効きが悪くなってしまった
自転車のブレーキ交換パーツの転送をお願いしていました。

定期的に届くJICAからの郵便物と一緒にやっとこ届いた交換パーツ。
今回はもう一つ大きな封筒が届きました!!

新潮社の雑誌「旅 5月号」です。
先日、新潮社の方から“写真を使いたい”旨のメールを頂き
写真を使っていただけることになっていました。



たった一枚の写真を提供しただけなのに
ご丁寧にエリトリアまで掲載された雑誌を郵送してくださいました。
ちょっとドキドキしながらペラペラと雑誌をめくる。
そして見つけた提供した写真。
それは小さかったけど嬉しかった。

それ以上に懐かしいブータンの写真を見て
また行きたくなってしまいました。

2007年12月24日月曜日

第27回 国際協力フォトコンテスト授賞式での挨拶

去年のことではあるが・・・
関係者・受賞者のみ出席で行われたフォトコンテスト授賞式。
その席で受賞者代表の挨拶を行った私は,こんな事を喋った。

「心のやすらぎ」


この度は「第27回国際協力フォトコンテスト」において、理事長賞をいただき、誠にありがとうございます。しかし、この「理事長賞」をいただけたのは私個人の技量ではなく、この写真に写っている協力隊員穴井夢子氏の活動のお陰によるところが大きいことを断っておかなくてはなりません。

この写真は、ブータン王国を青年海外協力隊員経験したうえでウガンダ共和国へ3ヶ月間の「JOCV事業を知る者の目で本当の隊員活動を記録すること」を目的に、視聴覚教育の短期隊員としてウガンダ共和国へ赴任した際に撮影しました。事前に穴井隊員の活動先へ訪問するにあたって、彼女の報告書を全て読んだ上にて訪問を行いました。穴井隊員の赴任から当時に至るまでの苦悩ぶり、活動先での楽しさ、辛さなどが全てつづられている報告書でした。また、現地の方々と力を合わせて活動しているのが伝わってもきます。

私が穴井隊員の任地にてお会いしたときが初対面であったのですが、私が協力隊員経験者ということで、初対面にも関わらずごく普通に接して下さいました。その後、職場を案内していただいたのですが、あちこちにて同僚の方々と挨拶を自然にしているのを目の当たりにしました。そんな彼女を見て「任地にとけ込んで日々の活動を行っているのだ」と報告書で感じたままの彼女を感じました。

翌日、仕事中の所へお邪魔させていただきましたが、昨日の同僚の方々と挨拶を交わしていたように、患者さん達とも挨拶を交わしたり、更には患者さんの様子を確認している姿を目の当たりにしました。報告書で感じていた穴井隊員の「患者さんの視点で仕事をする」姿はそのままでした。今回賞をいただいた写真は、そんな活動中のごく日常的な一瞬を切り取ったに過ぎない一枚です。しかし、私がその場に居合わせることが出来たのは、穴井隊員の活動が一朝一夕のもではなく、日々の積み重ねの上に出来上がった姿であったからだと思います。

ウガンダの病院では看護師の方々が横柄だと聞きました。実際、活動先にお邪魔してみて、それを肌で感じました。その様な看護師の方々に色々してもらっても患者さん達は安心して病気を治すことに専念できるでしょうか。穴井隊員に面倒を見てもらっている時の患者さん達は、安心した穏やかな顔をしていました。「これこそ患者さんと、医療従事者のあるべき姿だろう」と感じました。人間は不安な要素が少なければ少ないほど幸せを感じやすいと思います。入院している患者さん達に心の安らぎを提供することによって、病気を治すことに専念できる環境を穴井隊員は作っていたと感じました。

ウガンダへの派遣中、多くのウガンダ国内協力隊員任地を訪問させていただきましたが、隊員のカウンターパートや、隊員と関わる現地の方々との関係は穴井隊員が特別であったのではなく、他の協力隊員も穴井隊員と同様に現地の方々と密接に関わって“草の根の活動”している姿を目の当たりにしました。その姿を全てお伝えすることは出来ませんでしたが、少しでも協力隊員の姿を見ていただきたく、この写真を撮ろうと思いました。

写真
同期スリランカ隊員
写真
同期スリランカ隊員

私が隊員であったブータン王国。また、同期隊員が活動していたそれぞれの国でもこの写真と同じ様なことが起きているはずです。青年海外協力隊が派遣されている各地でも同じ様なことが起きているはずです。隊員経験者として、経験者の視点にてこの写真を撮り、みなさんへ活動の実態の一部でもお伝えできればと思います。

写真
後輩のブータン体育隊員

私の隊員時代、私の生徒に「僕が中学生の時に日本人に体育を教えてもらった。先生はその人と友達か?」と聞かれました。もちろん私はその先輩隊員とは友人ではありませんが、先輩隊員の活動は教え子や関わった人々の中で小さな変化として生きている気がします。その小さな変化に私も更に変化を加えることによって、大きな変化へと繋がる継続的な変化の手助けになったと思います。この様に、協力隊員には国レベル政府間で行うような大きな変化を作り出すほどの力はないと思います。しかし、大きな変化は時として反発を招く場合があります。協力隊員は小さな変化を地味に隊員が何代も派遣されることによって、継続して変化していると思います。一代では小さな変化であっても何世代も続くことによって、いつの日か大きな変化となっているでしょう。小さな変化であれば反発を招く可能性も小さく、持続しやすいと思います。継続して行うことによっていつの日か、不安の少ない社会を作り出し、日々幸せを感じられるような平和の世の中を作り出すことに役立っていると思います。

以上をもちまして受賞の挨拶とさせていただきます。


※トップの写真以外はコンテストとは関係ありません

2006年2月16日木曜日

難しい...




「出前講座」と言って青年海外協力隊を経験した人達が
現地での体験談等を学校(中学校,高校)話す機会がある。
今日は高校へと行ってきた。


いつも思うのだが,ブータン王国を紹介するのは困る。
華やかな部分が非常に少ない国なので
中学生,高校生にはなかなか興味を持ってもらえない。
ブータン人の服装もどちらかというと地味。


旅行好きな大人や,山大好き!な方には説明しやすいのだが...
ブータンの訴える物は「景色」「人の表情」等の“フィーリング系”
10代の方々の心にはなかなか響きにくいと思う。
その為,講座中は一所懸命になってしゃべっている。
今日もやはり疲れた...。

でも,10年後にふと思い出してもらえればと願う。


その他の写真:http://www.gnh-study.com/html/view.html

2005年12月20日火曜日

言い忘れた!!


先日,愛・地球博ブータン館の報告会がありまして...
その席を借りてブータン政府公式DVD「ヒマラヤからの贈り物」製作関係者を代表して
ブータン館関係者にお礼を言いました。
でも、肝心なことを言い忘れた気がする。

作ったDVDは万博開催期間中に全て売れたんですが
その収益金は”全て”ブータン政府の国庫へと入りました。
そう、製作関係者の懐には一円も入っていないんです!!
つまりは製作関係者は全てボランティア。

みなさんご存じないかもしれないけど...今更言っても遅いかな…。

2005年12月14日水曜日

再会

昨晩、2年4ヶ月をブータンにて共に過ごしてきた自転車がブータンから帰ってきた。
帰国後もご近所さんの所で預かってもらっていたのだが
ブータンの自転車好き同期がブータンへ戻るのを機会に送ってもらった。

2004年4月に赴任当時の姿
搬送中の事故により無惨な姿に
久々に再会する自転車。
日々の通勤に使っていたので、かなり自転車は痛んでいる。
というのも登りか下りしか無い地形!
ギヤ周り、ブレーキ周りにはかなり負荷がかかっていた。

直ぐにでも修理して乗りたいところだが、部品代がネックとなって、とうぶんは箱の中に入れたままとなりそうだ。

2005年12月1日木曜日

写真展の思い出として

関係者へ配ったお手製アルバム
写真展にて展示していた全ての写真を入れることは出来なかったけど
少しでも雰囲気を感じられればと思ってキャプション付きにて作ってみました。

写真展の関係者を中心に、協力のお礼の印として配る予定です。
と同時に私自身の思いでの為でもあります。

四冊とも違うページを開いて撮影

2005年11月30日水曜日

閉幕

嘘か誠か?写真展へ来て下さった方々は延べ1500名(UNICEF公表値)でした。
土日は会場へ入れなくて、平日と11/3と11/23だけが平日以外で開場されていました。

にも関わらず1500人は上出来の入場者数だと一関係者ながら思いました。

写真展へお越しいただいた方々、ありがとうございました。

2005年11月29日火曜日

明日で終わり


この11月の1ヶ月間,UN Galleryにて開催されていた写真展「ブータンの女性と子友達」も終わりを迎えようとしています。



ブータンにいる時から時あればブータンを少しでも知って頂きたく,色々な機会にブータンを紹介するべく行ってきました。今回はUN Galleryという場所にてブータンを紹介出来たのは,写真を展示している者の一人として非常に嬉しくあります。

 

2006年春はブータンと日本が国交を樹立して20周年となる節目の年であります。より多くの方がブータンを知って頂ければと思います。