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2010年9月14日火曜日

青年海外協力隊任地訪問 ~獣医師~

金曜日の午前、Bai Phaiの隊員を見学して午後はMahasarakhamの隊員を訪問しました。

Mahasarakham University
「Mahasarakham Universityまで来て下さい」という事なので
行ってみるとデカイ事。
バンコク市内でもそうですが、タイの大学の敷地って
日本の大学キャンパスよりも都心部にありながら、よりいっそう広い気がします。

訪問前から事前に「私の任地なんて来ても何も見せられないし・・・」と
活動が順調に行っていないことを引け目に感じているのか
ネガティブなことばかりを聞いていました。
確かに隊員の職場へ着いてみると、解る気がします。
昼までも薄暗い部屋
部屋が暗い原因はこのフィルム
隊員の部屋に限ったことではなく、タイの多くの事務所って
外からの太陽光を遮断して、屋内の温度上昇を抑える為に黒いフィルムが貼ってあります。
そのせいで、なおのこと閑散とした印象を否めません。

しかし、一度“農場へ出る”って話になると、目が生き生きしています。
アフリカを思い出すぬかるみ道を進んだ先にある農場。
超ラフロード
そこで牛から採血をするのですが
一緒に行ったタイ人と常に生き生きと、そして楽しそうに話しています。


何かと制限の多い協力隊員。
どうしても“あれがあれば!”“これがあれば”と無いものねだりをしてしまいます。
しかし人間、制限をされている時の方が思わぬアイデアが出てきます。

協力隊員としてのルールを守って、もの凄く限られた許される範囲を工夫して
何か解決策であったり、答えを見付けられたならば
共に働いている現地の方々の心には努力が届くと思います。


活動がうまくいかないからといって、劣等感を持つ必要なし。
わかる人は解っているし、応援しているのだと伝えたいです。

牛に語りかけるが如く、同僚にも話せよ!

2010年9月13日月曜日

青年海外協力隊任地訪問 ~PCインストラクター~

奥村隊員の任地
週末、国連の休暇と、タイ政府の休暇にずれがあり金曜日から国連は3連休だったので、これを利用してまたしても隊員の任地へお邪魔してきました。


しか~し金曜日、お邪魔した隊員の任地は“体育大会”。
したがって授業はありません。トホホ。
でも、どんな任地で、どんなところで生活しているのかを見てみたくて
予定通りに行ってきました。

道路は立派だけど、何もない
噂には聞いていましたが、周囲には何もありません。
広々とした大地の真ん中を道路は進み
ほとんど何も無いところを左折です。

着いてみると周囲には学校以外に商店なども無く
どうやって隊員は暮らしているのか不思議です。
それでも自分が住んでいる職員宿舎を笑顔で紹介。
学校敷地内の職員宿舎にて寝起きしているとの事
どうして大変な環境なのにニコニコできるのかな??
その答えのひとつ、隊員は同僚たちから愛されているようです。
職場のことを話しながら歩いていると
たびたび話しかけられる隊員。

是非ともどんな授業を行っているのか観てみたい。


さて、体育大会は超炎天下で行われているので
生徒がバタ。バタ。っと倒れていきます。
水まで配って、倒れないよう配慮。救護班も準備万端です。
でも、偉い方々が来ているので、行進を省略とかはしないんですね。

2010年8月25日水曜日

青年海外協力隊任地訪問 ~陶芸隊員~


陶芸コースの生徒達
月曜日に続いて、昨日も協力隊員の任地訪問をしてきました。
昨日は“陶芸隊員”です。

色々な協力隊員の職種を見てきましたが“陶芸隊員”ってのは初めて。


活動の様子を拝見させてもらう前に
少々日本でのお仕事の話を聞かせてもらいました。

この方、本物です。本物の陶芸家です!
ご自分で釜も持っていて、個展も開いたことがあるとの事。
こうした“どうして協力隊員になったんですか?”って
聞きたくなるような人が沢山いるのも協力隊の面白いところ。


さて、活動のほうですが
赴任して4ヶ月しかたっていないとの事。
ご本人曰く
“タイ語での説明がおぼつかなくて…”
と言っておりましたが、いやいやどうでしょう。

カウンターパートと二人三脚にて授業中
正確に言葉にしては伝えられていないけど
教わっている側の生徒には、きちんと気持ちが届いているのを感じました。

2010年8月24日火曜日

青年海外協力隊任地訪問 ~日本語教師隊員~

ここタイでも青年海外協力隊員は活躍しています。以前、ウガンダで協力隊員の任地を回って
活動の様子を取材したことがあり
現地で頑張っている協力隊員の姿に刺激を受けたのを思い出します。


昨年7月にバンコクへ赴任してから1年強。
任地訪問をずうっと望んでいたのですがなかなか実現できず
遂に個人的に協力隊員と知り合ったので
そのつてにて訪問させていただきました。

日本語教師をしている協力隊員。
昨日はバンコク市内にて出張授業。
生徒達は大学の選択授業にて日本語を学んでいるとのこと。
つまりは“選択授業”。


教える側がキリキリせず、穏やかだからか
生徒達の表情も穏やかであったのが印象的でした。
頑張れ協力隊員!!

2009年6月6日土曜日

エリトリアからバンコクへ

UNFPAバンコク事務所から許可が出ました。
エリトリア事務所からバンコク事務所へ異動許可が出ました。

協力隊OB/OG枠国連ボランティアという立場上
  • 協力隊事務局
  • 国連ボランティア本部
  • 国連開発計画東京事務所
とも調整を取らねばなりません。


しかし、まずは受け入れ側がOKをしてくれない事には
何も始まらなかったので
バンコク事務所が受け入れを表明してくれたのは
大きな一歩です。


週明けは関係各所と連絡を取って
異動の実行へ向けて行動開始です!

2007年12月24日月曜日

第27回 国際協力フォトコンテスト授賞式での挨拶

去年のことではあるが・・・
関係者・受賞者のみ出席で行われたフォトコンテスト授賞式。
その席で受賞者代表の挨拶を行った私は,こんな事を喋った。

「心のやすらぎ」


この度は「第27回国際協力フォトコンテスト」において、理事長賞をいただき、誠にありがとうございます。しかし、この「理事長賞」をいただけたのは私個人の技量ではなく、この写真に写っている協力隊員穴井夢子氏の活動のお陰によるところが大きいことを断っておかなくてはなりません。

この写真は、ブータン王国を青年海外協力隊員経験したうえでウガンダ共和国へ3ヶ月間の「JOCV事業を知る者の目で本当の隊員活動を記録すること」を目的に、視聴覚教育の短期隊員としてウガンダ共和国へ赴任した際に撮影しました。事前に穴井隊員の活動先へ訪問するにあたって、彼女の報告書を全て読んだ上にて訪問を行いました。穴井隊員の赴任から当時に至るまでの苦悩ぶり、活動先での楽しさ、辛さなどが全てつづられている報告書でした。また、現地の方々と力を合わせて活動しているのが伝わってもきます。

私が穴井隊員の任地にてお会いしたときが初対面であったのですが、私が協力隊員経験者ということで、初対面にも関わらずごく普通に接して下さいました。その後、職場を案内していただいたのですが、あちこちにて同僚の方々と挨拶を自然にしているのを目の当たりにしました。そんな彼女を見て「任地にとけ込んで日々の活動を行っているのだ」と報告書で感じたままの彼女を感じました。

翌日、仕事中の所へお邪魔させていただきましたが、昨日の同僚の方々と挨拶を交わしていたように、患者さん達とも挨拶を交わしたり、更には患者さんの様子を確認している姿を目の当たりにしました。報告書で感じていた穴井隊員の「患者さんの視点で仕事をする」姿はそのままでした。今回賞をいただいた写真は、そんな活動中のごく日常的な一瞬を切り取ったに過ぎない一枚です。しかし、私がその場に居合わせることが出来たのは、穴井隊員の活動が一朝一夕のもではなく、日々の積み重ねの上に出来上がった姿であったからだと思います。

ウガンダの病院では看護師の方々が横柄だと聞きました。実際、活動先にお邪魔してみて、それを肌で感じました。その様な看護師の方々に色々してもらっても患者さん達は安心して病気を治すことに専念できるでしょうか。穴井隊員に面倒を見てもらっている時の患者さん達は、安心した穏やかな顔をしていました。「これこそ患者さんと、医療従事者のあるべき姿だろう」と感じました。人間は不安な要素が少なければ少ないほど幸せを感じやすいと思います。入院している患者さん達に心の安らぎを提供することによって、病気を治すことに専念できる環境を穴井隊員は作っていたと感じました。

ウガンダへの派遣中、多くのウガンダ国内協力隊員任地を訪問させていただきましたが、隊員のカウンターパートや、隊員と関わる現地の方々との関係は穴井隊員が特別であったのではなく、他の協力隊員も穴井隊員と同様に現地の方々と密接に関わって“草の根の活動”している姿を目の当たりにしました。その姿を全てお伝えすることは出来ませんでしたが、少しでも協力隊員の姿を見ていただきたく、この写真を撮ろうと思いました。

写真
同期スリランカ隊員
写真
同期スリランカ隊員

私が隊員であったブータン王国。また、同期隊員が活動していたそれぞれの国でもこの写真と同じ様なことが起きているはずです。青年海外協力隊が派遣されている各地でも同じ様なことが起きているはずです。隊員経験者として、経験者の視点にてこの写真を撮り、みなさんへ活動の実態の一部でもお伝えできればと思います。

写真
後輩のブータン体育隊員

私の隊員時代、私の生徒に「僕が中学生の時に日本人に体育を教えてもらった。先生はその人と友達か?」と聞かれました。もちろん私はその先輩隊員とは友人ではありませんが、先輩隊員の活動は教え子や関わった人々の中で小さな変化として生きている気がします。その小さな変化に私も更に変化を加えることによって、大きな変化へと繋がる継続的な変化の手助けになったと思います。この様に、協力隊員には国レベル政府間で行うような大きな変化を作り出すほどの力はないと思います。しかし、大きな変化は時として反発を招く場合があります。協力隊員は小さな変化を地味に隊員が何代も派遣されることによって、継続して変化していると思います。一代では小さな変化であっても何世代も続くことによって、いつの日か大きな変化となっているでしょう。小さな変化であれば反発を招く可能性も小さく、持続しやすいと思います。継続して行うことによっていつの日か、不安の少ない社会を作り出し、日々幸せを感じられるような平和の世の中を作り出すことに役立っていると思います。

以上をもちまして受賞の挨拶とさせていただきます。


※トップの写真以外はコンテストとは関係ありません

2006年6月18日日曜日

迫る帰国

ウガンダ出国の日まで残すところ1週間ちょっと。
赴任当初,予想していた仕事,予想していなかった仕事。
予想通りに運ばなかった事。
色々あったけど,予想通りにドタバタした3ヶ月で終わろうとしています。
Mubendeの篠田隊員と地頭所隊員 職種:村落開発
Entebeeの古屋隊員 職種:養護
それなりに達成感を感じて帰国を迎えようとしているので
この3ヶ月は無駄ではなかったはず。
Mbararaの穴井隊員 職種:看護師
Masakaの富井隊員 職種:理数科教師
この3ヶ月間にウガンダに於いてやった事が
周りに何かしらの影響が残せたならばと願うばかり。
Masakaの樋口隊員 職種:理数科隊員

隊員活動紹介ビデオ 2006年

2006年6月1日木曜日

日帰り出張 -写真付き!-



今まで,出張へ行きながらも撮影させていただいた協力隊員の写真を載せておりませんでした。
というのも...
「写真をmixiに載せてもいいですか?」
っていつも聞き忘れていたんです!

でも,今日は聞いてきました!
そしてOKももらっています。

帰国まで2週間半。
ここまできてやっとこ出張中に撮影した写真公開です。


今日撮影してきたのは赴任してから1年弱ほど経った
職種“野菜”の隊員です。
地元の方々に溶け込んでいるのが大変印象的でした。
残り1年間の活動,どの様に進むのかが大変楽しみです。

2006年5月23日火曜日

試作品2号

試作品のストラップ
ウガンダへ来ている同期隊員古屋氏が作った試作品2号。
ちょっと説明が必要ですね。

ウガンダの障害者施設にへ配属となった彼女。
そこで子供達にストラップの作り方を教えて
そのストラップを更には販売して施設の運営費に充てようと考えています。

意外にもウガンダ人は携帯電話を持っているのに
ストラップを全くと言っていいほど付けていません。
 

そこで生徒でも作れる様なストラップを考えて
耐久性のテストをしています。
試作品1号は1日で壊れてしまいました。
今度のは携帯へ付ける前に無理に力を入れて引っ張ったり。
今度のは大丈夫でしょ。

これで障害者施設の生徒が実際に作るのに繋がればいいのですが。

2006年5月7日日曜日

ウガンダで髪切りました。

ブータンにて協力隊員の時分,任地の床屋さんで髪の毛を切っていました。
そのとき,仕上がりが日本と違って驚いたものです。

さて,ウガンダに赴任して1ヶ月半近くが経って
そろそろ髪の毛を切らなくてはならなくなってきました。
既に2週間ほど前から“髪の毛切りたい”気分でしたが...。


ここウガンダの協力隊員は
隊員同士で髪を切り合っているようですが
私はあえて地元の床屋さんで切ってみました!!!
(といっても,結局はビビリで高級なところで切りました)

ウガンダ人,基本的に髪の毛はストレートでないので
(男女関わらず,髪の毛はチリチリにパーマがかかっている)
ストレートヘアーをどう切るのか興味ありました。
しかし,切り始めると以外に手慣れております。
切り終わって一安心。
友達に切ってきた事を報告すると...「あれ?瀬畑さん!後ろ髪があり得ない事なっている...」
そこで写真を撮ってもらいました。
なんともまぁ,綺麗に揃っております!
これもまた,貴重な経験。

2006年4月25日火曜日

原風景 ~出張中の事 2/4~

 
 アフリカの空は広い。
ブータンで見ていた空は突き抜けるように青かった。

ここアフリカの空は突き抜けるように青く。そして広い。
車窓に広がる空は地平線まで広がっている。

訪問した日本が技術協力を行っている地域を訪問。
ネリカというアフリカ向けに品種改良を行った稲の試験が行われていた。

中村隊員がんばっております。

目の前に広がる景色は日本そのもの。
なぜって,やっぱり日本人に馴染みのある稲穂が,田んぼが広がっているから。



トウモロコシを食べる山羊。
油断すると貴重な農家の作物を食べちゃいます。

2006年4月15日土曜日

ウガンダの紙幣

さて,やっとこウガンダの紙幣が大半揃いましたので
ご紹介したく載せました。


紙幣はこれ以外にも50,000ush,5,000ushもあります。
硬貨は多分ここにあるだけだと思います。
(10円玉は大きさ比較の為に載せました)

ウガンダの通貨はシリング(Shilling:ush)です。
US$1=1,820ush
なので,US$1=¥119とすると
¥100=1529ush
になりますね。

お昼ご飯とかがだいたい5,000ush(¥330位)です。
この間,EMSにて手紙を送った時は50,000ushでした。
これは高い!日本円で¥3,300位の計算ですね。
日本から出すのと変わらないかも。

でも野菜などは
ジャガイモ,ニンジン,タマネギはだいたい1kgで1,000ush(¥66)
自炊生活をすれば,かなり安上がりになりそうです。

2006年4月14日金曜日

予期せぬ事がおきる日々


途上国って,毎日が新鮮です。
まぁ,これはかなり前向きに言った時ですが(笑)

これがどういう事か?
それは,「日々,予期せぬ事が起きる」って事です。

日記にも書きましたが有り得ないほどの停電に見舞われたり
ポストペイドの電話が使い切って繋がらなくなって
追加でお金を払ったけど,依然として使えなかったり
日本では量販店へ行けば普通に売っている物が
10件パソコンショップを回っても見つからなかったり。
乗り合いタクシーがいつもと違う行き先へいきなり走り出したり


まぁ,システマチックに出来ていないんですよね。
何が起きるか判りません。
そうそう,ちょうど天気と同じですね。
日本には天気予報ってあるけど
かならずしも100%当たる訳じゃない。
少しくらい外れたって,誰も文句を言わないですよね。

一つ一つの事に腹をたてていては生活出来ません。
じゃぁ,どうするか?
それは簡単。「何事もこうなるだろうと期待をしない」
天気もそうですよね。100%は期待をしない。

日本で生活する時もそうなんですけど
過大な期待をしないと対人関係でも腹が立たなくなります。
こう書くと,ものすごくネガティブに聞こえますかね?
言い換えると,「寛容になれる」って事ですかね。

協力隊へ行って,そんな物を手に入れてきました。

P.S.写真は今日の空です。

2006年4月9日日曜日

ブランチ

今日はゆっくり起きて街へ出ました。

朝ご飯を兼ねたお昼ご飯。
“ブランチ”なんてオサレではないけど...。

食べたのはメンチカツのお化けみたいなお肉のフライ。
食べてみたら,やっぱりメンチカツみたいでした。
でも,ちょっぴり油っぽい!
たぶん揚げたあと,きちんと油を切らなかったみたい。

でも結構美味しかったです!
値段もローカルレストランなだけにかなりのお手ごろ価格。