2008年3月28日金曜日

思い込み

6月からエリトリアのUNFPAって機関で働くんですが・・・
これはナンノ機関デスカ?がく~(落胆した顔)
ぜんぜん調べていなかったんです。

勝手に
U:United
N:Nations
F:Food
P:Program
A:Asociation, ....
とか。まぁ、最後の“A”は別としておにぎり食料に関係あると思っていたんです。
それが先日、友人が中米に行くので壮行会?送別会?みたいのがあったので
顔を出し際に別な友人が「瀬畑さん、それは違いますよ!!」と
思いっきり否定するんですexclamation ×2
まぁ、私はいい加減に考えていたので、“そうですか・・・”くらい。


さて、それから数日経ってから調べてみました。
いえ、また別な知人からのmail toメールでわかったんです。
U:United
N:Nations
F:Fund for
P:Population
A:Activities
UNFPA:国連人口基金
先日までやっていたTVドラマにならえば
「おぉ!間違っておりました電球」(エジソンの母)
いや~、自身のやるべき事を
大枠だけ知って飛行機現地へ行ってしまうところでした。
出発前のガイダンスで大恥をかくか
あきれられるところでした。

「おぉ!わかりました電球」(エジソンの母)


思っていたよりも、シリアスな場面に多く出くわしそうですあせあせあせあせ(飛び散る汗)

2008年3月21日金曜日

みなさんよくご存じ

さて、国連ボランティア(UNV)に決まったといえ
今は目の前の仕事をキッチリこなすことが至上命題!
とりあえずUNVの件は脇に置いておいて・・・


としているのですが、周囲の方々はよくエリトリアをご存じです。
そしてまたよく調べていらっしゃる。

そういえば初めて青年海外協力隊に参加したとき
ブータン王国に決まってから
ブータン王国のことを一番よく調べていたのも
私ではなく、両親でした。


今回も早くも新聞の切り抜きを持ってきたり
周りの友人達もメールにて情報を色々下さいます。
まるで、周囲の皆さんがエリトリアへ行きそうな勢いです。

まずは「地球の歩き方 エリトリア」を買って勉強しようかな

2008年3月17日月曜日

人生の扉

以前、同じタイトルで日記を書いたことがある。
その頃は思い悩んでいた。

「この先、どうしようか・・・」

半年間ほど悩み続けた。
これまでなかなか答えは見つからなかった。






時間だけはどんどんと過ぎていく






そう、社会一般では決して若くないから。







今後の選択肢を増やすために応募していた事の結論がやっとこ出た

「派遣 可」


今回出た結果を選ぶまでには
かなりの時間を悩むことに費やした。

今の会社を勤め上げることも選択肢の一つ。
ある程度、責任のある地位にいるので
更に責任の重い地位を目指して頑張るのも一つ
声を掛けてくれる友人の誘いに乗って職を変えるのも一つ。
元の道へ戻るのも一つ。

どの道へ進むにしても
私に声を掛けてくれる仲間達が居るというのは嬉しい。
社会的地位も、財産も無い私を気に掛けてくれる。


打算的に色々今後を考えるのも一つの選択。
しかし、今回は打算的にならず、感覚で決めた。
情熱を注いで、輝ける自分となりたい。
自分を試練の立場に置いて磨きたい。



一般的には「何を言ってんだ!」と思われるが
結婚もしたい。子供も欲しい。

昔、青年海外協力隊に参加したとき
付き合っていた彼女からこんな事を言われた。
「私は協力隊に参加するまでのつなぎ?」
むろんそんな気持ちでは付き合わない。

今回、国連ボランティアへ合格したことで
離れていく友人がいるだろう。
結婚は遠のくだろう。

しかし、自分を押し殺したつもりで進んだ道で
苦い経験をしているだけに、二度は同じ過ちは犯したくない。
自分が自分らしくあり、その姿に共鳴してくれる方と出会えればと
夢のようなことを考えたりしている。


「原油価格上昇」「世界経済失速?」「急激な円高」と
世界情勢が不安な要素に満ちていると思う昨今。
果たして日本は今のままで生き抜いていけるのだろうか。
今までと違う方向で、鈍くとも日本が輝ける方向に進んで欲しい。
その為にも修行に出たいと思う。

人生の扉

社会人になってからこれまで色々な扉を通り抜けてきた。
大学を卒業してから1社で仕事をしている友人からは
「またぁ,危なっかしい生活しているねぇ。落ち着かないの?」
と言われていた。


“落ち着く”という扉を開き、落ち着く兆しを見せていたこの1年ではあったが
とても残念無念ではあったが再び新たな扉を開かざるえなかった。
再びこれからの人生を考え直すべき状態となった。

今,開いている扉をそのまま歩むも良し
新たに開き掛けている扉を開いてみるも良し
隣にある閉まっている扉をノックしてみるも良し
再び転機に来ていると思う。


どの扉を開いて進むかはとても悩むところではあるが
“選択出来る”というのはとても贅沢なものだとも思う。


どのタイミング、どの扉を進むにしても後悔の無いように。
そして,人生を振り返った時に「いい人生だった」と思えるような選択をしたい。

2008年1月19日土曜日

エリトリアのお手伝いさん代

私は大の掃除嫌いです。
今の家に住み始めてから何回掃除したか数えられるほどです。


昨年11月の入院。
そして復帰後の溜まった仕事片付け。
本部からIT担当者来訪。

全く掃除が出来ておりませんでした。
更にそのまま年末年始休暇突入!


さすがに部屋の散らかりように自分自身の責任ながら
閉口してしまいます。

そこでお掃除だけお手伝いさんにお願いしようと思い
大家さんに紹介してもらいました。
早速来てくれた方と値段交渉。
「1回辺り(2h)で150Nkfaになります」
私の予定としては、1ヶ月4回で150Nkfa。
あまりにも金額の隔たりがあります。

彼女は自給$5と自分の仕事を値踏みしています。
仮にその自給にてフルタイムで働くと
$5x8時間x20日=$800
になります。
この金額はエリトリアの平均的な月収の3~4倍です。

一般的な月収を基準にすると
1回辺りは37.5Nkfa~50Nkfaが相場となります。
でも、この金額では納得しないだろうな・・・。


どうやら、自分で掃除するのが良いようです。

2007年12月24日月曜日

第27回 国際協力フォトコンテスト授賞式での挨拶

去年のことではあるが・・・
関係者・受賞者のみ出席で行われたフォトコンテスト授賞式。
その席で受賞者代表の挨拶を行った私は,こんな事を喋った。

心のやすらぎ」


この度は「第27回国際協力フォトコンテスト」において、理事長賞をいただき、誠にありがとうございます。しかし、この「理事長賞」をいただけたのは私個人の技量ではなく、この写真に写っている協力隊員穴井夢子氏の活動のお陰によるところが大きいことを断っておかなくてはなりません。

この写真は、ブータン王国を青年海外協力隊員経験したうえでウガンダ共和国へ3ヶ月間の「JOCV事業を知る者の目で本当の隊員活動を記録すること」を目的に、視聴覚教育の短期隊員としてウガンダ共和国へ赴任した際に撮影しました。事前に穴井隊員の活動先へ訪問するにあたって、彼女の報告書を全て読んだ上にて訪問を行いました。穴井隊員の赴任から当時に至るまでの苦悩ぶり、活動先での楽しさ、辛さなどが全てつづられている報告書でした。また、現地の方々と力を合わせて活動しているのが伝わってもきます。

私が穴井隊員の任地にてお会いしたときが初対面であったのですが、私が協力隊員経験者ということで、初対面にも関わらずごく普通に接して下さいました。その後、職場を案内していただいたのですが、あちこちにて同僚の方々と挨拶を自然にしているのを目の当たりにしました。そんな彼女を見て「任地にとけ込んで日々の活動を行っているのだ」と報告書で感じたままの彼女を感じました。

翌日、仕事中の所へお邪魔させていただきましたが、昨日の同僚の方々と挨拶を交わしていたように、患者さん達とも挨拶を交わしたり、更には患者さんの様子を確認している姿を目の当たりにしました。報告書で感じていた穴井隊員の「患者さんの視点で仕事をする」姿はそのままでした。今回賞をいただいた写真は、そんな活動中のごく日常的な一瞬を切り取ったに過ぎない一枚です。しかし、私がその場に居合わせることが出来たのは、穴井隊員の活動が一朝一夕のもではなく、日々の積み重ねの上に出来上がった姿であったからだと思います。

ウガンダの病院では看護師の方々が横柄だと聞きました。実際、活動先にお邪魔してみて、それを肌で感じました。その様な看護師の方々に色々してもらっても患者さん達は安心して病気を治すことに専念できるでしょうか。穴井隊員に面倒を見てもらっている時の患者さん達は、安心した穏やかな顔をしていました。「これこそ患者さんと、医療従事者のあるべき姿だろう」と感じました。人間は不安な要素が少なければ少ないほど幸せを感じやすいと思います。入院している患者さん達に心の安らぎを提供することによって、病気を治すことに専念できる環境を穴井隊員は作っていたと感じました。

ウガンダへの派遣中、多くのウガンダ国内協力隊員任地を訪問させていただきましたが、隊員のカウンターパートや、隊員と関わる現地の方々との関係は穴井隊員が特別であったのではなく、他の協力隊員も穴井隊員と同様に現地の方々と密接に関わって“草の根の活動”している姿を目の当たりにしました。その姿を全てお伝えすることは出来ませんでしたが、少しでも協力隊員の姿を見ていただきたく、この写真を撮ろうと思いました。

写真
同期スリランカ隊員
写真
同期スリランカ隊員

私が隊員であったブータン王国。また、同期隊員が活動していたそれぞれの国でもこの写真と同じ様なことが起きているはずです。青年海外協力隊が派遣されている各地でも同じ様なことが起きているはずです。隊員経験者として、経験者の視点にてこの写真を撮り、みなさんへ活動の実態の一部でもお伝えできればと思います。

写真
後輩のブータン体育隊員

私の隊員時代、私の生徒に「僕が中学生の時に日本人に体育を教えてもらった。先生はその人と友達か?」と聞かれました。もちろん私はその先輩隊員とは友人ではありませんが、先輩隊員の活動は教え子や関わった人々の中で小さな変化として生きている気がします。その小さな変化に私も更に変化を加えることによって、大きな変化へと繋がる継続的な変化の手助けになったと思います。この様に、協力隊員には国レベル政府間で行うような大きな変化を作り出すほどの力はないと思います。しかし、大きな変化は時として反発を招く場合があります。協力隊員は小さな変化を地味に隊員が何代も派遣されることによって、継続して変化していると思います。一代では小さな変化であっても何世代も続くことによって、いつの日か大きな変化となっているでしょう。小さな変化であれば反発を招く可能性も小さく、持続しやすいと思います。継続して行うことによっていつの日か、不安の少ない社会を作り出し、日々幸せを感じられるような平和の世の中を作り出すことに役立っていると思います。

以上をもちまして受賞の挨拶とさせていただきます。


※トップの写真以外はコンテストとは関係ありません

2006年6月18日日曜日

迫る帰国

ウガンダ出国の日まで残すところ1週間ちょっと。
赴任当初,予想していた仕事,予想していなかった仕事。
予想通りに運ばなかった事。
色々あったけど,予想通りにドタバタした3ヶ月で終わろうとしています。
Mubendeの篠田隊員と地頭所隊員 職種:村落開発
Entebeeの古屋隊員 職種:養護
それなりに達成感を感じて帰国を迎えようとしているので
この3ヶ月は無駄ではなかったはず。
Mbararaの穴井隊員 職種:看護師
Masakaの富井隊員 職種:理数科教師
この3ヶ月間にウガンダに於いてやった事が
周りに何かしらの影響が残せたならばと願うばかり。
Masakaの樋口隊員 職種:理数科隊員

隊員活動紹介ビデオ 2006年